In principio erat Evolutionis

行動生態学・進化心理学などの勉強ノート・書評

Fiery Cushman (2014) "Punishment in Humans: From Intuitions to Institutions", Philosophy Compass (2014): 1–16

 中尾央『人間進化の科学哲学』における罰と教育の章についての補足として,Cushmanの論文を読んでみた.以下に内容をまとめてみる.

Abstract

  • ヒトの間における罰の進化には文化的制度(cultural institutions)が重要だ.
  • 文化的制度は外適応(exaptation)であって,罰についての生物的に進化してきた直感を利用するような,文化的に進化してきた規範の集まりとして捉えることができる.
  1.  バレンタインデーの例:性的再生産(sexual reproduction)の長期的適応の歴史に深く基礎づけられている.これは進化してきた心理メカニズムの集合を乗っ取った文化的制度と言える.
  2. 罰も同様である.心理的過程として罰を捉えることはもちろん可能だが,司法のシステムも大事だ.現代社会においては罰は規制の下にあり,制度化されている.罰を与える過程の社会的機能と,その文化的制度との関わりを説明する必要がある.
  3. 罰に関する心理メカニズム研究は現代社会の罰を上手く説明できないこと,近代の諸制度は進化してきた心理を乗っ取ってきたこと,外適応であることを本論文で主張する.また,大規模な協力的社会の出現にも大きな役割を果たしてきたことを主張する.

1. 心理メカニズム

1.1 応報的(retributive)動機による罰

  • 罰は「抑止としての罰」と「応報としての罰」の2つに分類できる.
  • 帰結主義アプローチ」は抑止としての罰を主張し,罰がより公であるほど,侵害が繰り返されるほど,侵害を発見しやすいほど,人々はより罰すると考える→しかし,これは罰の研究は,帰結主義は実質的にはヒトの罰の動機には効果がないことを示している.道徳的怒りによる,応報としての罰のほうがありうる.
  • 応報的罰も,究極要因としては,罰が抑止になるという理由で適応的であると考えられることはできる.しかし,至近要因については別途説明が必要だ.
  • なぜ抑止効果がある応報的罰は,帰結主義アプローチのいうような性質(侵害的行為が公であるほど罰するなど)に対してsensitiveでないのか.「進化は不完全だ」というのが一つの答えだが,それは不十分な説明だ.以降では,抑止としての罰の価値と応報的動機の関係を説明する.

1.2 罰を与えるかどうかは侵害の意図と因果的責任に依る


 応報的動機は3つの特徴があるとき最も強く引き起こされる

  • 1. ある行為が行われる
  • 2. その行為が危険を引き起こす
  • 3. その行為は「過失のある心理的状態」(culpable mental state),例えば危険をもたらす悪意が存在したり,危険が起こるだろうということの認識に対して無関心であったり,あるいはその可能性に対する無謀な軽視があるなど.
  •  先の三要素は心理学研究では「帰結」(outcome)と「意図」(intent)の2つの要素に分解して考察される.これまでの実験研究は,小さい子どもは帰結を,大きな子どもは意図を重視していることを示している.
  • 大人では,飲酒運転の事故の例を見ると,偶然の結果であっても,帰結を重視している(moral luck).飲酒運転によって事故を起こしたかどうかという帰結によって罰を与えるかが変わってくるのだ.→これは罰以外の他の道徳的評価ではほとんど見られない.
  • それはなぜなのか?:1つには危険行為の因果関係に基づく説明,2つ目はその行為を起こすに至った心理状態に原因を求める説明がある..
  • Moral luckが望ましい特性をもつような道徳的判断の因果的過程はどのように機能しているのだろうか?

1.3 ルールの例外

  • 例外1:不可抗力の場合は侵害行為も正当化されうる.
  • 例外2:心理的にコントローラブルでない場合.子ども,心身の不調など.また,夫婦が互いに対して擁護するような場合.
  • 例外3:侵害なしにもかかわらず罰したくなる傾向.麻薬,売春,複婚などは他者に侵害がない場合であっても罰する.

2. 適応上の合理的根拠

2.1 教育としての罰

  •  罰の進化的説明はどのようなものになるか.罰は,罰を与える者にもコストがあるので,適応度の最大化の観点からはどのように正当化されうるだろうか.→社会的パートナーの将来の行動を変化させる方法として,教育としての罰(pedagogical perspective)を考えることができる.
  • ゲーム的状況を設定した実験は,以前に裏切ったメンバーであっても,そのメンバーが罰せられていたら,他のメンバーから信頼されることを示している.→罰には教育的効果があるということになる.
  • 教育的観点としての罰は応報的動機の特徴的トリガーを説明するのに役立つ.→(1) 教育によって,侵害的行為を繰り返さなくなる,(2)accidentも,「教えられる機会」(teachable moments)として捉えることができる
  • しかし教育的観点は全てを説明するわけではない.
  • Nakao and Machery (2012)の罰の定義:an action that harms another organism’ (p. 834) and explicitly include ‘a failure to cooperate’ (p. 835) within the scope of harmful behavior.
  • この定義は広すぎるので,著者は「他者の行動を修正する目的で侵害すること」とみなして議論を進める.
  • 教育的観点としての罰は,2つの重要な論点を提起する.1つは結果主義として究極要因を捉えるならば,なぜ人々は至近的には教育的動機より応報的動機を有するのかという点だ.2つ目は罰の「レッスン」は究極的には誰のベネフィットなのかという点で,罰する者にとっての利益なのか,あるいは罰する者が属する広範な社会の利益なのかという問題だ.

2.2 なぜ我々は適応的には結果主義であっても心理的には応報主義なのか

  • なぜ結果主義は心理的動機としては弱いのか.進化が意図的に結果主義的動機を我々から隠しているように見える.
  • 感情や自己欺瞞は,合理性が弱めてしまうような,何らかのpre-commitmentをなすことができる.
  • 非合理的であることの進化的説明の例.愛情は相互信頼のシグナルになる.
  • もし人々が罰に関して完全に結果主義的であるならば,搾取(exploitation)に対して脆弱になる.(子どもがひどく泣くなら,親は子育てを諦める!)→子育てに対してやみくもにコミットするなら長期的に見て適応的となる.
  • このことは応報的動機が効く場合とそうでない場合があることを説明できるかもしれない.
  • 懐古的(Retrospective)なものにはsensitiveであって,応報的動機による罰が起こりやすく,将来的(prospective)なものには応報的にはなりにくいのである.なぜなら,prospectiveなものに対してはより搾取が起こりやすいのだ(prospectiveな観点から罰しても,罰せられた方が期待通りに行動するようになるとは限らない).

2.3 当事者による罰,第三者による罰

  • 罰には,「当事者による罰」と「第三者による罰」の2種類を考えることができる.
  • 血縁選択に基づく互恵的利他主義が第三者による罰の説明としてありうる.
  • しかし互恵的利他主義の説明は必ずしも十分ではない.実験結果は第三者による罰が匿名的状況や一回限りの状況でも起こることを示している.これは文化的群選択的説明を強めるものだ.
  • 文化的群選択論の観点からの二次的罰による第三者罰の説明:第三者罰を行わない個体に対して,罰しないことを理由にして罰するというもの.→実際にはあまり観察されないようであって,群選択説をサポートしない.

3. 現実に行われている罰

3.1. 人々は本当に互いに罰するのか?

  • 実験室的,仮説的状況ではなく,現実の罰はどのようなものか.
  • 10代前半ではゴシップ,中傷,social backstabbingなどは実際にコストを課しているようだ.
  • しかし,これらは教育的観点としてのものではなく,望ましくない社会的パートナーを排除するために行われているので,罰としては捉えられない.
  • (実験室の外での)‘real-word’で行われている罰は制度的罰である.家族内における罰はまた別であるが,それ以外では国家・企業,その他の制度による罰が行われているのだ.そして制度的罰には次の2つの特徴がある.
  • 1. 脅威(threat):実際にコストを課すのではなく,将来的利益に対する脅しとしての罰
  • 2. 撤退(withdrawal):協力関係から撤退による将来的利益の減少
  • 社会的撤退の脅しが適応的観点から重要なのは,直接的コストを課すことは報復を招く恐れがあるからだ.
  • 報復のサイクルは,群レベルのペイオフを増大させるのではなく,むしろ減少させることがよく見られる.これは群選択に対してchallengingな結果だ.
  • アテネの地下鉄の例:実験室レベルではアテネの人も89%が第三者的罰を課すにもかかわらず,実際にアテネの地下鉄ごみを捨ててもごくわずかの人しか関与してこない.
  • 応報のコストを無視すると罰に対する説明が上手くできないのである.

 

3.2 名誉の文化

  • コストがあっても罰を課す文化の例の一つ:名誉の文化.資源が希少で,集権化された国家のような権威のない場合が典型.男性の自己防衛,女性の性的忠実性.名誉に対する侵害は極端な暴力を伴う.
  • 名誉の文化は,属するクランの構成員が侵害されたら報復の連鎖を招く.
  • しかし,報復に消極的な場合もあり,ヒューマン・ユニバーサルではない.名誉の文化においては女性が報復的暴力を男性たちに促すのに重要な役割を果たす.
  • 名誉の文化における罰も,罰の判断に関する心理学的基盤は,因果的過程,偶然性に関して,他の場合と同様だ.

3.3 制度化された罰

  • 近代の西洋文化における罰はユニークで,ルールが事前に(ex ante)明確化されていて,罰を決定し,実行するものが職業的専門家であるという点で特徴的だ.
  • 制度化された罰は,2つの点において群レベルで重要な利点を有する.
  • 1. 公共財の侵害に対する罰の問題を解決している.
  • 2. 報復の連鎖の問題を解決している.
  • 制度化された罰は第三者による罰とは心理的カニズムが異なる.群選択的観点で言えば,第三者は侵害行為者に対して罰しようという心理的カニズムがあることになる.しかし,現実には警官は給与などの個人的利益によって,公共財を守っているのである.
  • このことは大規模社会における罰に新たな観点をもたらす.制度化された罰は個人的コストなしに第三者的な科罰を可能にしている.
  • 制度化された罰には疑いなく群レベルでの利益があるが,単に群レベルで利益があるというのではなく,そこには個人的コストがないという点が重要だ.
  • 名誉の文化は共有された規範はあるが,制度化されていないのだ.それゆえ,罰するときに極端なコストを払うことになる.
  • 制度化された罰は,名誉の文化と同様,ヒトの正義に関する直感に大きく基づく.

4. 総合:制度的外適応

  • 制度化された罰は外適応(exaptation)だ.
  • 制度化された外適応は,文化的群選択とは対照的な説明である.
  • 制度化された罰は群レベルの適応価に依拠しない.罰の動機の構造の形成に応答的な適応上の機能のほとんどは当事者間の罰の直接の教育的利益だ.それは報復のリスクがあるために非適応になりうる場合があるが,制度化された罰は報復のリスクを抑え,罰を一様に実行することを可能にしている.
  • 文化的群選択と同様に制度化された罰も,第三者による罰が大規模社会の出現と成功に重要な役割を果たすと考える.制度化された罰は,個人的利益と第三者による罰がcompatibleであるという点を強調する.
  • 制度的観点は,罰以外にも,協調,許し,寛容性,公平性,徳性,信頼などの心理学的研究に応用できるかもしれない.

 

 以上で本論の要約を終える.

 本論文の感想:

  • 制度化された罰は,罰する者が個人的利益に基づいて第三者罰と同様の効果をもたらすことができるという点は,現代社会における罰を上手く説明しているように思われる.
  • しかし,著者も指摘しているようにこのような近代西欧的な罰のしくみは,ユニークなものである.本論文ではこうした制度がどのように生じてきたのかは説明されていない.
  • また,仮に形式的には制度が整っていても,それが実際に機能しているかどうかは別問題であろう.法制度が整っていても汚職・腐敗が横行していると,制度の円滑な実行が行われないだろう.
  • なぜ,こうした諸制度が維持されているのかというメカニズムの進化的説明が待たれる.

 次回からはDavid M. Buss (2015) Evolutionary Psychology: The New Science of the Mind 5th ed.を読んでいく.