In principio erat Evolutionis

行動生態学・進化心理学などの勉強ノート・書評

中尾央(2015)『人間進化の科学哲学』その1

人間進化の科学哲学―行動・心・文化―

人間進化の科学哲学―行動・心・文化―

 

 

本書について著者は人間行動進化学を「科学哲学の観点から考察する本」(p. 1)と位置づけている。あとがきを読むと、著者は学部時代は京都大学文学部科学哲学科科学史専修に属し、大学院では科学哲学分野にて人間行動進化学をテーマとして研究を進めてきたようだ(p. 237)。なかなかその分野で進化的なリサーチ・フレームワークが理解されず苦労してきた様子がうかがえる。人間行動の進化を科学哲学の観点ではどのように捉えているのか、その理解に本書は役立ちそうである。

 

なお本書については進化心理学・行動生態学関係の書評・ノートに定評のあるshorebird氏が書評を載せているので、おおいに参考にして読んでいきたい。

 

d.hatena.ne.jp

はじめに

まず、著者の「進化」の定義の確認から。進化を定義することが容易ではないことを前提として、以下のように述べる。

ここでは何らかの形態・行動・心的形質が(遺伝的情報や、個体が学習などによって得た情報などを通じて)先祖から子孫へと受け継がれ、また何らかの理由(たとえばその形質を有することがその個体に有利であるなど)によって、世代を経てその形質が数を増やしていったり、減らしていったりする歴史的変遷を進化と定義しておこう。(p. 2)

この定義は妥当なものなのだろうが、「文化進化」を考えるときに「先祖」、「子孫」は生物的な意味でのそれとは限らないのであろう(後の章で触れられる?)。

また、文化進化の場合、「世代」を経なくても文化の変化はある程度あると思うが、差し当たり、そういった問題は進化適応環境(EEA)を考えるときには無視してよいということだろうか。たとえば福沢諭吉は幕末〜明治の大変化の時代を「一身にして二生を経る」経験であったと述懐しているが、このような歴史的重大局面(critical juncture)についての考察は進化的な議論とはまた別個に扱ったほうがよいのかもしれない。

 

本書は第I部で人間行動進化学の代表例として、進化心理学、人間行動生態学、遺伝子と文化の二重継承説を取り上げる。第II部では文化進化研究について、人間行動進化学、進化生物学や文化系統学などを扱うとのことだ。そして第III部では人間行動進化のリサーチの実例として罰の進化、教育の進化について述べられる。

 

進化のフレームワークが人間の社会的行動への理解にどれだけ寄与できるのか、科学哲学・認識論の切り口からどのように人間行動の進化を把握するのかを期待を持って読んでいきたい。