In principio erat Evolutionis

行動生態学・進化心理学などの勉強ノート・書評

『人間進化の科学哲学』その2

第1章 進化心理学

進化心理学の沿革とその方法論、進化心理学への批判の検討が行われる章。 1980年代半ば以降、コスミデスとトゥービーらの研究がスタートして進化心理学が勃興する。

 

  • コスミデスとトゥービーらは「個人差ではなくすべての人間に共通する普遍的な心理メカニズム」(p. 13)の探求が進化心理学の目標だとする。つまり、ヒューマン・ユニバーサルを重視する立場だ。
  • しかし 80年代半ばにはバスやケンリックらが個人差の進化的研究を進めていた。

前者は生物学の観点からは「類型思考」(typological thinking)であり、後者は「集団思考」(population thinking)であるとしている(p. 13)。なお、バスらも配偶者選択の研究を進めていく中で、ヒューマン・ユニバーサル的観点に力点をおいていっているようだ。

 

彼らによって、80年代半ばには「領域特異性」、「モジュール性」、「進化的適応環境」といった進化心理学の主要な概念が萌芽的に出現していった。そして進化心理学の基本的な前提を「モジュール集合体仮説」として以下のようにまとめている。

 

われわれの心は進化的適応環境において適応した形質、モジュールから構成されており、このようなモジュールの集合体がわれわれの心である。(p. 15)

 

以下、進化心理学に対する三種類の批判が検討される。

 

  1.  進化的適応環境は不安定である。
  2.  適応課題は、たとえ存在したとしても、必ずしもモジュール集合体仮説を含意しない。
  3.  過去の適応課題を知るためには、現在の心を知らなければならない。

 第一の批判は、ヒト属が大きく進化した更新世の時期は、気候データからはかなり変動のあった時期であるという事実に基づく(リチャーソンやボイドの研究など)。この批判に対しては、物理的環境が不安定であっても、安定な適応課題が存在し得ることを著者は指摘する。群れにおける順位の認識の必要性、ニッチ構築による安定した環境の創出などを例としている。また、頻度依存型選択によって異なる状態に応じた適応形質の進化を考えることができるとしている。なお、著者は「裏切り者検知モジュール」が安定的な集団内環境で進化した可能性を挙げているが、この点は十分には理解できなかった。不安定な物理的環境であっても生物はある程度安定した環境を自分たちで構築することができ、そうした安定した環境の維持のためには集団内で裏切り者(フリーライダーをイメージすればよいか?)を検知し、サンクションを与えることが必要になるということだろうか。

 

第二の批判(本書では先に第三の批判から検討している)は、方法論的問題と経験的事実についての問題の二つに分けられる。

 

方法論的問題としては(第三の批判に関する論点と絡み合っているのでややわかりにくいが)、ある適応課題があったとしても、それがモジュール集合体仮説を補強する論拠には必ずしもならない、ということだと思われる。この批判に対しては、実務上、リサーチの遂行の上では仮説の発見をもたらすものであれば十分有効だろうと示唆している。つまり、進化的適応環境による課題を想定し、そこから有効なリサーチ・クエスチョンを導くことができれば、あとは通常の心理学同様の実証研究を進めればよいということだと思われる。

 

経験的事実の問題としては、適応課題に対する解決方法が、特定のモジュールによるものでなくとも、様々な課題に対する汎用メカニズムでもあってよい、という主張が検討される。これに対しては汎用メカニズムの代表例として学習メカニズムでさえ心的モジュールが背景にあると考えうることを述べている。また、「形質のモザイク性」、つまり、各形質の独立性が高ければ、それぞれが独立に進化しやすく、各課題に適応しやすいと考えられる。逆に肺のように代謝メカニズムに強く依存しているものは独立に進化しにくいというわけだ。

 

第三の批判は、進化的適応環境がどういったものであったかを推測することが難しいので、そうした環境下での課題も推測しにいくという主張である。この主張に対しては、第二の批判に対する回答同様、仮説構築のためのヒューリスティックス(「発見法」と書かれている)であれば十分と見ている。

 

 本章の感想としては、進化心理学の基本的前提のモジュール集合体仮説そのものをもう少し詳しく説明してほしかったと思った…。初学者が読むという前提の本ではないため仕方がない。少なくとも、今後他の文献を読むにあたっての全体像を提示してもらったので理解の参考になるだろう。

 

次回は第2章「人間行動生態学」を読む。